今日は音楽の授業があった。その授業が終わった後、榊先生に・・・・・・いや、榊監督に呼び止められた。
何でも、榊監督のお知り合いの方がテニス用品を譲ってくださるらしい。氷帝は経済的に恵まれた学校ではあるけれど、好意はありがたく受け取らせていただこうというわけで、私に取りに行ってもらいたいということだった。
榊監督に説明していただいた場所は、たしかに少し遠いけれど、歩いて行っても問題ない距離だった。それでも、帰りは荷物があるだろうから、と榊監督は申し訳なさそうに仰った。自分が行くべきだが、職員会議があってどうしても行けない、と。
本当、榊監督はお優しい。結構、厳しそうに見えるんだけど。・・・・・・と言うより、どちらも併せ持った方なのかな。だからこそ、みんなも監督に従おうって思えるんだ、きっと。何より、私自身がそうだから、私は二つ返事で引き受けた。

そんなわけで、部活へ行く前に、私はその場所へ向かっているところだ。当然、このことは跡部部長に報告済み。だから、これから跡部部長が1年生たちに指示を出して、私の代わりに準備とかをさせるんだろう。
・・・・・・やっぱり、悪いなぁ。跡部部長は、それでいいって言ってくださったけど、せめて準備だけでもしてから向かった方がいいのかな。いやいや、でも、榊監督のお知り合いの方をお待たせするわけにもいかない。
ごめんね、みんな!今日だけだから!!
そう思いながら、テニスコートの方を見つめ、私はそこを通り過ぎようとした。そのとき、そこから誰かが出てきた。



「あれ、さん?帰るの?」

「い、いえ。今日は監督にちょっとお使いを頼まれまして・・・・・・。」

「そっか。行ってらっしゃい。」

「あ、はい!行ってきます!」



滝先輩に笑顔で言われ、思わず私も満面の笑みで返してしまった。
・・・・・・たぶん、忘れ物とかがあっただけだろうけど、本当は、ちゃんと挨拶して、どうして出て来られたんですか?なんて質問もしたかったのに。滝先輩の前だと、どうも思い通りに振る舞えない。
どうも、なんて言ってるけど、理由はわかってる。私が滝先輩を好きだからだ。

滝先輩は、もちろんテニスが強い。それだけでも、格好良くて惹かれるのも当然。でも、先輩はそれだけじゃない。
そんな強い先輩が宍戸先輩に負け、正レギュラーから外されてしまった。そして、うちの部では負ければ終わり、だった。それでも、滝先輩は部に残り、部のみんなのために様々なことをしてくださっている。
最初は・・・・・・いや、今もすごく悔しいと思う。でも、それ以上に部のみんなの役に立ちたいと思っていらっしゃるんだろう。部のために、そう思える心がすごく強い方だと、私は更に先輩を好きになった。

だからこそ!さっき、もう少しお話したかったのに・・・・・・!でも、滝先輩にあんな笑顔で言われたら、そう返しちゃうのも無理はないよね・・・・・・。
だけど!素敵な笑顔で「行ってらっしゃい」なんて言っていただいたんだ。それだけで満足じゃない!それに、「行ってらっしゃい」という言葉の中には、「頑張って」っていう応援も含まれてる気がする。これは、より一層頑張るしかないよね!
あぁ、思い出したら、ニヤニヤが止まらなくなってきた!ちゃんと、着くまでに普通の顔に戻しておかないと・・・・・・!

でもさ、でもさ!「行ってらっしゃい」「行ってきます」なんて、家族みたいじゃない?!家族・・・・・・、つまり、夫婦でも可!

なんてことを考えてたから、結局私の表情は戻らなかった。でも、そのニヤニヤが愛想のいい笑顔に見えたらしく、お使いは無事に終えることができた。
跡部部長に帰って来たことを報告し、譲っていただいた物の片付けを始める。すると、そこへ誰かがやって来た。



「滝先輩!」

「お帰り、さん。」

「は、はい!ただいま、です!」



次は「お帰り」「ただいま」まで・・・・・・!!そう考えると、どうしてもニヤけを止めることができなかった。
マズイ。このままじゃ、私、変な子って思われちゃう・・・・・・!



「ふふ・・・・・・。その顔を見ると、お使いは上手くいったようだね?さっき跡部から聞いたよ。何でも、榊監督のお知り合いの所へ行っていたらしいね。」

「え、えぇ。そうなんです!とてもお優しい方で・・・・・・。ほら、こんなにも!テニス用品を譲ってくださいました。」

「そうみたいだね。俺も片付け手伝うよ。」

「いえ!そんな・・・・・・!滝先輩のお手を煩わせるわけにはいきません!」

「大丈夫。もう他の用事は済んだから。手伝わせて?」

「・・・・・・では、お言葉に甘えて、お願いします。」

「うん、ありがとう。」

「とんでもない!」



むしろ、お礼を言うのはこっちの方だ。手伝っていただくこと自体、ありがたいことだし、何より、私としては滝先輩と共にお仕事ができる。それがすごく嬉しいのだから。
滝先輩は、正レギュラーを離れてから、部の会計に専念し、さらには私のマネージャー業も少し手伝ってくださることが多くなった。だから、こんなことを考えてしまうのはどうかと思うけど、先輩が正レギュラーから外されてしまって、ほんの少し嬉しい。そりゃ、もちろん!滝先輩のプレイを見る機会が減ったのは残念だけど、今までは滅多に話すことができない存在だったから。そんな憧れの先輩と一緒に過ごせる時間が増えるなんて、喜ばないはずがないじゃない・・・・・・!



さん・・・・・・?」

「へ・・・・・・?あ、はい!何でしょう?」

「手、止まってるみたいだけど。」

「え?!・・・・・・す、すみません!!」

「いいよ。何か、考え事?」

「え〜っと・・・・・・。そ、そんなところです。」

「そっか。」



何をやってるんだ、私は・・・・・・!!いや、むしろ!何かしようよ!!そりゃ、緊張しちゃうのは仕方ないけども!滝先輩に手伝っていただいている中で、自分は何もしていないなんて・・・・・・!!最悪だ・・・・・・。



「じゃあ、何か話さない?その方が考え事に頭がいかなくて、案外作業が捗るかも知れないしね。」



それなのに、滝先輩は、そんな優しい言葉を掛けてくださった。
先輩・・・・・・!だから、大好きです!!



「先輩がよければ、ぜひお願いします・・・・・・!」

「よかった。実は俺の方が話したかったんだよね。」



さらに、私に気を遣わせないよう、そんなことまで・・・・・・。こんな素敵な人、好きになって当然だよね!でも、自分には釣り合わない、やっぱり憧れの人なんだな、とも思ってしまう。
・・・・・・って、せっかく滝先輩が話してくださっているのに、暗い考えなんてしてたら失礼だ。



「この間、恋愛ものの映画を見てね。いろいろな壁を乗り越えた恋人たちが結ばれてハッピーエンド、っていうよくあるお話だったんだけど、結ばれたときには2人とも、地位や名誉、財産などをすっかり失くしてしまっているんだ。それでも、愛があれば・・・・・・って感じだったんだけど、さんはこの展開、どう思う?」

「私、ですか?」

「忍足も偶然この映画を見たらしくって、忍足としては、ベタだけど、だからこそ好き、みたいなことを言っててね。そこで、女の子であるさんは、また違う感想を抱くかなと思って、聞いてみたかったんだ。」

「そうですね・・・・・・。女の子がみんなそう思うとは限らないですけど、私としては、あまり好きじゃないです。いえ、お話としては、それでいいと思います。でも、実際にはそうもいかないだろうと、少し冷めた目で見てしまいそうで・・・・・・。」

「そういうとき、女の子の方が案外、冷静そうだからね。」

「そうなんでしょうか・・・・・・?少なくとも私は、何もかも失くしてしまってはいけない気がします。・・・・・・って、可愛げない答えでしたね、すみません。」

「いや、それでいいよ。それぐらい、はっきり言ってもらった方が聞いた甲斐もあるから。」



そう言って、滝先輩は微笑んでくださったけど・・・・・・。やっぱり、もうちょっと可愛く言っておけばよかったかな、と少し後悔。だって、好きな人の目の前で、「愛だけでは、ちょっと・・・・・・」みたいな発言って、どうなの?!で、でも、実際、それだけじゃダメだとは思う。普通、周りにも祝福される愛でありたいでしょ?・・・・・・って、何か、恥ずかしいこと言ってる気がするけど、気の所為ってことで!



「それじゃ、次の話はどうかな?今度は、最後まで結ばれない話。もしかしたら両思いかも知れないって思ってる男がいるんだけど、ソイツは夢を叶えるまでは、好きな女性に想いを告げないと決意するんだ。でも、夢を叶えるのに時間がかかって・・・・・・、ようやく実現したときには、既にその女性は他の人と結婚してるんだ。」

「切ないお話ですね。」

「そうだね・・・・・・。これについては、さんはどう思う?」

「う〜ん・・・・・・。その決意って、もちろん、その男の人が勝手に考えてることですよね?」

「うん。彼女に言ってしまったら、想いを告げたも同然だからね。」

「ですよね。じゃあ、その男の人が悪いと思います。勝手に決意されても、女の人にはわからないわけですから。本当に両思いだったかも知れないのに、想いを告げられなかったら、女の人が諦めて、別の人を好きになってしまうのも当然です。」

「なかなか厳しいね。」

「あ、すみません・・・・・・!また可愛げないことを・・・・・・。」

「いいんだよ。・・・・・・それじゃ、さんだったら、どうしたらいいと思う?」

「それは、もちろん、夢が叶う前に想いを告げるべきだと思います。もし両思いだったのなら、女の人はその人の夢を応援したかったはずです。そして、好きな人に応援されれば、その男の人ももっと早く夢を叶えられたかも知れません。」

「なるほど。やっぱり、さんは優しいね。」

「え・・・・・・?そ、そんなことないですって!」



またしても、冷たい感想を言ってしまったけど、今回は少し挽回できたみたい!よかった!
本当は、男の人の無駄な意地と言うか、ただの自己満足でしかない、なんて風に思わなくもないんだけど。さすがに、それは言い過ぎだよね。うん、言わなくて正解。



「じゃあ、俺も応援してもらおうかな。」

「何を、ですか?」

「俺も正レギュラーに戻ってから伝えようかと思ってたんだけど、さんの言う通り、応援してもらった方がもっと頑張れるからね。」

「・・・・・・つまり、先輩も告白しようかと?」

「うん。と言うか、今まさにしているつもりだったんだけど。」



滝先輩が少しばつの悪そうな笑顔で、そう仰った。
ついさっきまで、気分が落ち込みかけていた私だったけど、今度は一気に体内の熱を取り戻した。



「え?え?!つ、つまり、それは・・・・・・。」

さんに告白してるってこと。やっぱり、駄目だったかな・・・・・・?」



少し悲しそうにされた滝先輩を見て、私は興奮も抑えきれずに言葉を返す。



「そんなことありません!!私でよければ、ぜひ応援させてください!私、一生、滝先輩のお傍に居たいです・・・・・・!!」

「・・・・・・まさか、逆プロポーズされるとは。さんもやるねー。」

「え?!あ、いや!その!!」



お使い中、勝手な妄想をしていた所為か、気付けば私は、そんなことを口走っていた。
は、恥ずかし過ぎる!!そりゃ、嘘じゃないし、本心だけど・・・・・・!あぁ、穴があったら入りたい、とはまさに、このことだよ!!



「ありがとう。そこまで想ってくれてたなんて、すごく嬉しいよ。でも、だからこそ、プロポーズはいずれ俺からやり直させてもらおうかな。」

「は、はい・・・・・・。」

「ふふ・・・・・・。本当、可愛いね、さん。」

「そ、そんなこと・・・・・・!」



慌てるあまり、そのことを否定する方に頭は使われてしまって、それ以外のことを深く考えられずにいた。・・・・・・でも、冷静になってみれば、私が逆プロポーズみたいなことを言ったあと、今度は滝先輩から・・・・・・わー!!
思い返せば返すほど、より冷静になれずにいた。そんな頭でも、いや、むしろ、そんな頭だからこそ唯一わかったことは・・・・・・。もしかしたら、私の勝手な妄想が将来、現実になっているかも知れない、ってことだ。













 

と、とりあえず書けたー・・・!!いやぁ、もう11月中に更新するのは無理かと思ってたんですが。頑張りました!
せっかく久々の滝夢なので、本当なら、先月の滝さんのお誕生日にアップしたかったのですが・・・(苦笑)。まぁ、完成できただけ良しとします!(汗)

ちなみに、今回は、約1〜2ヶ月程前の現実の出来事がきっかけで書き始めました☆何度かお話したことはあるけれど、それほど親しいわけではなく、ほとんど1対1の会話はしたことないような先輩(男性)に、同じような状況で「行ってらっしゃい」と御声をかけていただいたんです!そのときの会話は、この話の最初の会話(4行分)とほぼ同じです。そして、私もキュンとしたんです!!
そこで、恋愛に発展!・・・ではなく、夢小説にしたい!となる私って、どうなんでしょうか?(笑)

('10/11/24)